夏目漱石は自転車が苦手だった。一九〇二年、ロンドン留学中に勧められ、稽古したものの<大落五度小落はその数を知らず、或(ある)時は石垣にぶつかって向脛(むこうずね)を擦りむき(中略)その苦戦云(い)うばかりなし…>と「自転車日記」に書いている▼ジョン・レノンは子どものとき、自転車を手に入れるのが夢だったそうだ。夢がかなったその夜、自転車を裏庭に置いたままにできず、家の中に入れた。それでも心配でついには自転車をベッドの中に入れ、一緒に眠った▼どなたにも自転車の思い出があるだろう。初めて乗ることができた日。暑い日の自転車通学を振り返る人もいるか。昨日五日のこどもの日は「自転車の日」。五月は「自転車月間」である▼自転車交通の拡大や安全確保などを目的とした自転車活用推進法が一日に施行された。これを機に専用道路の整備や自転車を借りるシェアサイクルが先行する欧州レベルまで進むことを期待する▼排ガスも出さず、騒音もない、自転車は環境にやさしく、災害にも強い。適度な運動は心身にプラス効果を与える。それを生かすためにも、まずは運転ルールの厳守とマナー向上を図りたい▼残念ながら、まだまだ車道の右側を堂々と走る人や、歩行者そこのけで歩道を突っ走る人を時折見かける。漱石ではないが、危険な思いをさせ自転車嫌いを増やせば、その試みの車輪はパンクする。