「あの人今これなんだって、ラーヂーポンポン、七カ月」。意味がすんなりと分かる方は六十歳以上か▼ラーヂーとは英語のLARGE。ポンポンはおなか。すなわち、妊婦さんとか妊娠中という意味になる。最近ではめったに聞かぬ▼日本映画の名作からせりふを引いた。一九四九(昭和二十四)年公開の「晩春」(小津安二郎監督)。「麦秋」「東京物語」と続く、「紀子三部作」の第一作である。「ラーヂーポンポン…」は紀子(原節子)とおしゃべりする親友、北川アヤのせりふ。そのせりふの主の訃報である。女優の月丘夢路さん。九十五歳。「晩春」や「華麗なる一族」での独裁的な夫に耐える夫人役を思い出す方もいらっしゃるだろう▼「晩春」での原節子との掛け合いが印象的なのは終戦直後という時代背景のせいかもしれぬ。月丘さんが演じたのは結婚に一度失敗した二十七歳の速記者。おしとやかとはいえぬが、実に屈託なく、力強い▼「まだワンダン(ワンアウト)だ! これからよ、ヒット打つの」。そのせりふは戦後復興期の日本にあって、励ましにも聞こえる。新しい女性の心意気のようなものを示していたのかもしれぬ。広島出身で大勢の同級生を原爆で亡くしている。月丘さんの美しさの中に悲しみやそれを克服した強さを見る▼「美女中の美女」。そう呼ばれた女優が晩春に旅立っていった。