おととい生誕百五十年を迎えた知の巨人・南方熊楠(みなかたくまぐす)は、刑事被告人になったことがある。地元熊野の新聞に寄せた「人魚の話」が、新聞紙法が禁じる風俗壊乱とされたのだ▼超人的な博覧強記の人らしく、人魚伝説を古今東西の文献・伝承を使い躍動的に論じた随筆だが、性的な伝承の紹介が罪にあたると告発された▼裁判で南方は「風俗壊乱などは、こじつければどんなものでも罪になる」と恣意的(しいてき)な法の運用を論難したが、検事は開き直った。「事実が同一でも、見様(みよう)と手心とがある。その職にある者の手心によって罪になるのである」。そして、有罪判決が下された(『南方熊楠百話』)▼この事件には裏があった。政府が進める神社統廃合のために聖なる森が伐採された。貴重な生物や村人の暮らしが損なわれる一方で、木材売却で役人らが甘い汁を吸っていた。それを暴露された当局が意趣返しで告発したとされるのだ▼当局の恣意的な運用を許す法律がいかに危険かは、歴史が繰り返し教えるところだが、政府与党は、異論を封じ込めるかのように、「共謀罪」の導入を急ぐ▼鶴見和子さんの名著『南方熊楠』によると、硬骨の人・南方もこんな言葉を漏らしたという。「中国との戦争はよくない…しかし、なにかいうとぶちこまれる。ぶちこまれると時間がおしいから、できるだけ官憲にはたてつかないことにした」