ある会社の社長がこんなことを言った。「わが社の製品が使用されないことを望む」▼使われてナンボ、売れてナンボの経営者が自社製品を使ってくれるなとは。ナゾナゾの問題ならば、その社長、武器商人か何かなのだろうが、その会社は実在する▼負債総額一兆円超。欠陥エアバッグ問題から、ついには製造業では戦後最大規模の経営破綻に追い込まれたタカタである。社のサイト上の「タカタの願い」。「自分たちの製品が活躍しないこと」「ずっと使われないですむなら、いちばんうれしい」とある▼自分たちのエアバッグやシートベルトを使わないでもすむほどに安全な社会をつくりたい。高い理想を複雑な思いで読む。それほどまでに安全、人の命を守ることにこだわっていたはずの会社である。エアバッグが異常破裂し金属片が飛び散る。その事故で米国では少なくとも十一人が亡くなっている▼もちろん、タカタ製品によって救われた、数えきれぬ命がある。それでも安全にこだわり、安全を売り、世界シェア二位に成長した会社が肝心の安全を守ることができなかった。破綻もそうだが、関係者にはその事実の方こそ無念であろう▼「タカタが安全の代名詞になる日」を目指していた。代名詞になることはおろか、中国企業傘下の米国部品メーカーに買い取られ、タカタの名が残るかどうかさえも分からない。