<いにしえに約束せしを忘るなよ川立男、氏は菅原>。何の文句かといえば、子どもを川へと誘い込む悪い河童(かっぱ)を退散させるおまじない。物の怪(け)、妖怪に詳しい漫画家の水木しげるさんが『日本妖怪大全』の中に書いている▼このおまじない、その昔、菅原道真公が河童を捕らえ、悪さを戒めた伝説に由来するそうで、河童は「菅原」の名を聞き、畏れをなし逃げていく▼水の恋しい季節となったが、危険も伴う川や海での水遊びから身を守ってくれるのは河童封じのまじないではなく、やはり人の手である。米南部フロリダ州の浜辺。子ども二人が強い流れによって沖合から戻れなくなった。助けに向かった両親らも次々と流された▼救いの手は文字通り、たまたま浜辺にいた約八十人の人の手。手をつなぎ、沖合に向かって約九十メートルの人間の鎖をつくって子どもらを浜へと連れ戻した▼現地報道によるとそれほど簡単な救出ではなかったようだ。鎖を呼びかけても最初は皆、二の足を踏んでいた。もっともな話で自分の身も危ない▼加わった人の「もっと人がいる」の声に見知らぬ人同士の鎖は次第に延びていったが、最後の一人を救出するまで約一時間。強い流れに鎖はへとへとになっていたそうだ。美談は泣きながら疑えというが頭が下がる。その約八十人のお方の「氏」をおまじないに並べれば、海の河童も退散しよう。