今からちょうど五十年前、米軍の司令官は、核攻撃の準備に入っていた。弾道ミサイルを探知するためのレーダーが突然、機能を停止したのだ▼原因は不明。ソ連の仕業ではないか。ならば、弾道ミサイルで攻撃される前に、核兵器を搭載した爆撃機を発進させねばならない▼そういう緊迫した状況を救ったのは、米空軍の「宇宙天気予報士」だった。フレアという太陽の爆発現象で地球では磁気嵐が起き、通信障害や停電などが引き起こされる。「レーダー故障の真犯人は太陽」との分析で、危機は回避された▼強烈な太陽フレアも磁気嵐も当然ながら、人類は繰り返し経験してきた。だが、現代ほどその危険性が高まった時代はなかろう。電子機器の故障や誤作動が、惨禍を招きかねないのだ▼今月六日に観測された大型の太陽フレアで大きな被害は出なかった。しかし、『宇宙災害』などの著書がある片岡龍峰(りゅうほう)・国立極地研究所准教授は、「爆発の規模自体は五十年前のものより強かった。たまたま地球が影響を受けにくい位置にあったからというだけのこと」と話す▼物理学者の寺田寅彦は八十余年前、「天災と国防」と題した随筆で<文明が進めば進む程天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す>と書いたが、人類は「太陽のくしゃみ」をきっかけに自らを破滅させかねぬほどの「核の文明」を手にし続けているのだ。