原節子さん主演の映画「青い山脈」など、日本映画黄金期の名映画プロデューサー、藤本真澄(さねずみ)さん(一九一〇~七九年)には、切ない伝説がある。その原さんに心を奪われ、かなわぬ恋に生涯独身で通したというのである▼ある対談で作家の山口瞳さんに真相を聞かれ「これは(自分が)惚(ほ)れてただけの話で」…。やはり原さんとなじみの深い小津安二郎監督と「独身協会」を結成していたことを認めている。ホレ抜いていたのは女優としてか、女性としてか。ある作品では原さんの起用に反対する原作者を粘り強く説得するなど、いじらしい逸話を残している▼藤本さんの「恋」とはだいぶ違う。米ハリウッドの大物映画プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン氏のセクハラ疑惑である▼被害に遭ったと訴えているのは女優やモデル。配役などに強い権限を握る映画プロデューサーは、明日を夢見る若い女優にとっては絶対に逆らえぬ存在だろう。その地位を利用して不埒(ふらち)な要求をしていたのか。おぞましい▼アカデミー賞受賞のプロデューサーだが、疑惑が事実なら、三流だと言いたい。藤本さんが助監督時代、原さんを立たせたままにして監督に叱られたそうだ。「女優が立っていたら、コンディションが崩れるじゃない。いい芝居ができないじゃない」▼女優を苦しめるだけの人間に良い映画など作れるはずもなかろう。