プロ野球の伝説の左腕・江夏豊さんは、高卒後は大学に進むつもりだった。本当に自分がプロで通用するのか、自信が持てなかったからだという▼ドラフト会議で阪神から一位指名されても、進学の意思は固かった。温和な人柄で「仏のカワさん」と慕われた名スカウト・河西俊雄さんから「ワシは君のことを高校一年のときから見とったよ」と言われて気持ちは揺らいだが、それでも、うんと言わなかった▼すると今度は、強面(こわもて)の球団幹部から呼び出されて、言われた。「ワシは個人的にお前を欲しいとは思わん。戦力にもならんと思っとる」。激怒した江夏さんは、「何だ、それじゃプロでやってやろうやないか」。仏と鬼の連係プレーである(澤宮優著『ひとを見抜く』)▼プロの狭き門をくぐり抜けても、成功するのは、ほんの一握り。それこそ、仏もいれば鬼もいる。きのうのドラフト会議で指名された選手たちは、高揚感とともに、不安も感じていることだろう▼高校生や親は入団交渉に臨むと、こういうひと言を聞きたがるという。「君なら、この子なら、プロでやっていけます」。しかし「仏のカワさん」はあえて、こう言ったそうだ。「高校出たばかりで、プロでやれる自信なんて、過信ですわ。要は君の努力次第なんや」▼「それならば、やってやろうか」。そう言える選手だけが、成功する世界なのだろう。