『兎(うさぎ)の眼』『太陽の子』などの作家、灰谷健次郎さんの小学校教員時代は今の感覚からすれば、相当、風変わりである。たとえば、入学式の服装。上着は着ているが、下はTシャツで、ネクタイは締めない▼「その服装はなんですか」。教頭に注意された。灰谷先生はこう反論したそうだ。「この日のために、パンツもシャツも全部新しくしてきました。ネクタイをする、しないのかにどんな意味があるのか」。『いのちの旅人 評伝・灰谷健次郎』(新海均・河出書房新社)にあった。本気と本音で、子どもにぶつかった人の逸話である▼これも格好ではなく、本気と本音でぶつかり合わねばならぬ数字である。三十二万三千八百八件。昨年度の全国の国公私立小中高、特別支援学校でのいじめの認知件数である。前年度より約四割増。あまりの多さにため息が出る▼軽微な内容も、いじめとして把握する文部科学省の方針による急増という。ならばその数字は「絶望」ばかりではないかもしれない▼無論、いじめの急増は歓迎できぬが、増えた数字はどんなに軽微なものも、いじめとして見逃さぬという決意の表れでもあろう。見えにくい実態にわずかとはいえ、近づいたと信じたい▼いじめを少なく見せ掛けるネクタイを締めた数字はいらぬ。約三十二万。本当の数字をかみしめ、一件でも減らしていきたい。ここからである。