「大根、芋、ねぎ、しいたけなどの野菜がたっぷりと入った葛(くず)仕立ての汁へ口をつけた平蔵が、『うまいな。(中略)おぬしがひいきにするだけのことはある。躰中(からだじゅう)が一度にあたたまってきたぞ』」▼池波正太郎の「鬼平犯科帳」から引いた。冬の夕暮れ。鬼の平蔵さんがほめているのは「のっぺい汁」。つい引用したくなったのはこの寒さのせいである。きのう、関東地方は強い寒気の影響で今季一番の冷え込みとなった。奥多摩町では氷点下〇・三度。もうそんな時季になった▼大根の収穫期でもある。煮てよし、漬けてよし。大根役者とはどのように食べても食当たりしにくい大根の性質と、「当たらぬ」=人気が出ないことをかけたシャレと聞くが、用途が広くビタミンC豊富な大根は冬の食卓の「千両役者」。おでんの具材の人気投票をすれば、上位の常連であろう▼「徒然草」に、大根を「よろずにいみじき薬」として毎朝焼いて食べることを日課としていた男の話(六十八段)がある▼ある夜、男の屋敷を敵が襲ってくる。そこに二人の武士が突然現れて、敵を見事に撃退。聞けば、この二人は「長年、食べてもらっている大根」。大根の恩返しとはCMめいているが、それほど、ありがたき大根の効能か▼残念ながら、今年は台風や天候不順の影響で、大根の値は少々お高いと聞く。なんだか、また、寒くなってきた。