「幽霊病」にかかると、体が少しずつ消えていく。まず指、両手、両腕。両脚。そして声までも。かろうじて口から母音だけを絞り出すことができる。心配させてしまったか。野田秀樹さんのお芝居『足跡姫』である▼「い、い、あ、い」。その病にかかった母親は最期にそう言って死んだ。娘にはそれが「死、に、た、い」としか聞こえなかった。「でも、姉さん」。弟がいう。「僕の耳には、こんな音になって聞こえる」「『い、い、あ、い』は『生、き、た、い』さ」▼会員制交流サイト(SNS)には「い、い、あ、い」があふれていると昨日の夕刊が伝えていた。残念ながら、「死、に、た、い」の方である▼あるNPO法人によるとツイッター上の「死にたい」などのつぶやきは一日一万件を超えているという。どこまで本心かは分からないが、その絶望の言葉を書き込みたくなるほどの悩みと疲れた孤独がある▼「死にたい」と書き込んでいても本当は「生きたい」なのかもしれぬ。少なくとも「生きたい」のかけらはきっと残っている。書き込んでいるのは生きたいがため、誰かからの救いの手を待っているのだろう▼「い、い、あ、い」に耳を澄ませ、受け止める方法を見つけたい。その母音を「生きたい」や「(どこかに)行きたい」「言いたい」「聞きたい」という生あるがゆえの希望の言葉に変える方法を。