伝統曲芸の「太神楽(だいかぐら)」は江戸時代のお伊勢まいりと関係があるそうだ。伊勢に行きたくとも行けぬ人のために、伊勢の方から身分の低い神官が出向いて厄払いをしてくれる。伊勢を参拝したのと、同じ功徳があると信じられていたそうだ▼太神楽の「太」はお伊勢まいりにかわるものという意味で「代」。懐都合の寂しい人にはありがたかっただろう。この厄払いがやがて人をひきつけるため演芸、曲芸の色を強めていったそうだが、元来は信仰、信心と結び付いた寿(ことほ)ぎの芸である▼「おめでとうございます」。そう声を張り上げていたのは、おめでたき芸の起源とも関係があったのかもしれぬ。太神楽曲芸の海老一染之助さんが亡くなった。八十三歳▼撥(ばち)をくわえた真剣な顔、傘の上で升を回す緊張感、成功した後の底抜けに陽気な声。お正月のテレビの演芸番組といえば、染之助・染太郎の曲芸と先代三平さんの「お坊さんが二人でオショウ(和尚)がツー」が懐かしい世代もあるだろう▼曲芸で使っていた土瓶。実際に持ってみると、「常人では考えられない重量」と立川談志さんが書いている。重い土瓶を、くわえた撥の上で前後左右にと巧みに操る。鍛錬の人でもあったのだろう▼<お正月には凧(たこ)揚げてこまを回して遊びましょ>。正月風景から凧揚げやこま回しが消えて久しい。染之助・染太郎の至芸もまた遠くなる。