「古寺巡礼」などの哲学者、和辻哲郎(一八八九~一九六〇年)が一九二三年の関東大震災について興味深いことを書いている。震災前から近い将来、関東で大地震が起こると信じていたというのである▼その危険に、自宅の地盤の弱さが不安になってくる。二階の蔵書の重さが気になってくる。では、和辻は大地震にどう備えたか。結局、何もしなかった。その理由をこう書いている。「なんとなく、そういう異変が自分に縁遠いものとして感ぜられた」-▼実際の震災では家屋の倒壊こそ免れたが、その備えのなさに肝を冷やしたことだろう。その轍(てつ)を踏みたくない最新の予測が出た。政府の地震調査委員会は昨日、北海道東部沖の太平洋でマグニチュード(M)9級の超巨大地震の発生が「切迫している可能性が高い」との予測を公表した▼「切迫」という表現に過去の大震災の映像が浮かび、胸がざわつく。当該地の不安はいかばかりか▼さて、ここからが闘いである。長い闘いになるかもしれぬ。政府、自治体はもちろんのこと、住民それぞれが超大型地震への対策を急がねばならない▼もうひとつは自分の心との闘いだろう。和辻によれば、危険と告げられても、「人々はできるだけそれを考えまいとする」「自分の欲せぬことを信じたがらぬ」ものらしい。疑いや楽観を封じ込め、警戒し続ける。つらい闘いになる。