いよいよ冷え込んできた。大寒(二十日)も近い。日曜である。晩ご飯は家族で鍋でもというお宅もあるだろう▼鍋でおかしな場面を思い出す。つかこうへいさんの小説『蒲田行進曲』。映画スターの倉丘銀四郎が売れない大部屋俳優たちにすき焼きを振る舞うところである▼大スターのくせに銀ちゃんにはけちなところがあって牛肉の枚数を頭に入れ、鍋を絶えず監視している。大部屋俳優が鉄鍋の牛肉に手を伸ばせば、「まず、野菜でいいだろうが」とにらみつける▼仕方なく野菜だけ食べていると、「野菜ばかり食べろと言っているわけじゃないですよ。栄養が偏っているんだから、野菜も混ぜろと言ってんです」。結局、誰も肉には手を出せず、煮つまってしまう。それを見た銀ちゃん、「なんで残ってんの。全部食え」。手に負えぬ、「鍋奉行」である▼今年に限っては牛肉よりも野菜の数の方に目を光らせる銀ちゃんを想像する。昨年の長雨や天候不順の影響で野菜がひどく高騰しているそうだ。お鍋では主役クラスの白菜が平年に比べておよそ二倍。こうなると、鍋の中でクツクツと煮える白菜が光り輝いて見えてくる▼<又例の寄鍋にてもいたすべし>高浜虚子。「又例の」ということは、この季節、鍋料理が多かったのだろう。野菜高騰の今年はちょっとうらやましい句か。二月以降の出荷量の回復を祈るとする。