<自由と独立と己(おの)れとに充(み)ちた現代に生れた我々は、其(その)犠牲としてみんな此淋(このさび)しみを味はわなくてはならないでせう>▼夏目漱石が名作『心』の一節に、そう記したのは、百年以上も前のことだ。近代化は古いしがらみから個人を解き放ち、自由をもたらしたものの、同時に深い孤独をもたらした▼漱石は英国への留学などを通じて「近代人の孤独」の正体に目を凝らし続け、「現代の社会は孤立した人間の集合体」だと看破したが、英国の政府が「孤独担当相」を新設したと知れば、どんな顔をするだろうか▼英国では、さまざまな調査で「現代の孤独」の実相が浮かび上がりつつある。かの国の大人の五人に一人が孤独を感じ、障害者では半数が日々、孤独にさいなまれている。孤独は健康を害し、一日十五本の喫煙に匹敵するという▼高齢化や貧困、差別や過度の競争など、現代の孤独は多様な問題が交錯する産物だからこそ、英政府は「孤独担当相」を中心に官民挙げて対策に取り組むらしいが、気になるのは、孤独にさいなまれている人の三分の二が自分の気持ちを打ち明けられずにいるという現実だ▼そういう人たちに届けたいのは、漱石の『心』の、こういう一節だ。<「私は淋しい人間です」と先生は其晩又此間(またこのあいだ)の言葉を繰り返した。「私は淋しい人間ですが、ことによると貴方(あなた)も淋しい人間ぢやないですか…」>