<無事之(これ)名馬>。作家で競馬を愛した菊池寛が世に広めたと聞く。けがをしない丈夫な馬こそが名馬。馬主でもあった菊池としては自分の馬が心配でとにかく無事でいてほしいという願いもあったようである▼<無事之名馬>には当てはまらぬ、おそるべき「名馬」、「名選手」を見る思いである。羽生結弦選手。平昌五輪の男子フィギュアスケートで金メダルに輝いた。五輪二連覇は六十六年ぶりの快挙という。お見事というほかない▼優美な演技やこれまでに手にした数々の栄光とは対照的に「無事」とはいえぬ、「有事」がまとわりつく選手である。けがやアクシデント。二〇一四年には、他の選手と激突している。けがをした姿を覚えている人もいるだろう。病気もあった。幼いころは、ぜんそくに悩まされていたとも聞く▼五輪が近づいていた昨年十一月には練習中に転倒し、右足を損傷した。あの場面に悲鳴を上げ、五輪出場を危ぶんだ人もいたはずだ。練習を再開したのは一月。氷上から二カ月間離れざるを得なかった▼身の不運を嘆き、ふさぎ込んでも、不思議ではない状況であろう。その「有事」に打ち勝って、もぎとった金メダルは「金」以上に輝き光るだろう▼「有事」の名選手は演技後、けがをした自分の右足に「感謝」と語っていた。こちらとしては、その右足を支えた不屈の心にも驚嘆し、感謝する。