『Wの悲劇』などの作家、夏樹静子さんは書店に入るのが苦手だったそうだ。理由がある。書店にずらりと並ぶ新刊本の数々。あれを見ると、あの本も読みたい、この本も読まなければと、心が落ち着かなくなるのだという▼夏樹さんの焦りがよく分かる人もいるだろう。せっかく、おもしろそうな本があるのに自分は読んでいない。なんだか損をしていないか。世間から取り残されているのではないか。本好きはそんな気分になるが、そうそう読書時間は取れるものではなく、結果、焦る▼そういう悩みは最近の若い人にはあまりないらしい。全国大学生協連が大学生の一日の読書時間を調べたところ五割超が「ゼロ」と回答したそうだ。この手の調査はつい見えも張りたくなるところで実際にはもっと「ゼロ」が多いかもしれぬ▼なにかと忙しいのは分かる。読書によらずとも楽しみや情報、知識を得る方法がふんだんに用意されている時代といえども、「ゼロ」とは心細い▼お説教で大学生の読書時間が増えるとは思えぬ。それに、大学生をやり玉に挙げるが、それより上の世代にしたって、どれだけ本を読んでいるか怪しい▼若い世代の読書離れが心配なら大人が手本を示すことだろう。通勤電車の中で本を積極的に広げていただけないか。その姿に本を読まぬのは「損」ではないかと何人かの若い人が焦りだすかもしれぬ。