夏目漱石が一時期、ひんぱんに引っ越しをしたのは有名で、熊本赴任時代は確認されているだけで六軒の家に住んでいる。わずか四年三カ月の間である。理由はさまざまで刃傷沙汰のあった家を妻が嫌がったというケースもあったそうだ▼今の感覚で考えると、かなり早い転宅のペースだが、家財道具の量を想像してみても、現在よりも、引っ越しを気軽に考えていたのだろうか。「尤(もっと)も不愉快の二年なり」。そう語ったロンドン留学中も四回下宿を移っている▼進学、就職や転勤などに伴う引っ越しのシーズンである。今春は引っ越しするには「尤も不愉快」の年になるかもしれない。トラック運転手の人材不足などで三月下旬、四月上旬の引っ越し業者は予約さえ困難で依頼できたとしてもかなり料金が高い▼三月末に引っ越す予定の知り合いによると早い段階に業者を見つけ、何とか予約できたものの、見積金額は通常の二倍近い。今さら別の業者が見つかるあてはなく、その料金をのまざるを得なかったと嘆く▼どうしても業者が見つからぬ場合、最小限の荷物を自分で運び、繁忙期後に本格的に引っ越すという手もあるが、新生活が「辛生活」になりかねない▼業界は来年以降の引っ越し難民対策を。別の同僚は独立する娘さんの引っ越しを自分でやる決意を固めた。父親としての評価は上がろう。心配なのはその腰である。