男がワインの試飲で、製造年とブドウ園まで当てると申し出た。外れたら二軒の家を渡す。その代わり、当たれば「娘さんと結婚を」。小さな村のワインだったので当たりっこないと主人は受けて立ち、書斎から秘蔵のワインを持ってくる。英作家ロアルド・ダールの短編『味』の一場面▼男は口に含み目を閉じ集中する。「わかったぞ」。製造年とブドウ園を告げる。的中していた。そのときメイドが書斎に忘れてあったと眼鏡を持ってくる。その男のもの。事前に書斎に忍びこみ、ワインのラベルを読んでいたことがばれてしまう▼うまく演じたつもりが、自分では気づかぬ落とし穴があった。その小説のことを思い出させたのは昨日の「森友学園」への国有地売却をめぐる証人喚問である▼真相解明にはほど遠かった。証人の佐川前国税庁長官は訴追のおそれを理由に決裁文書改ざんの経緯を明かさぬ。ただ一点、不自然なほど強調したのは首相や夫人の土地売却への関与はないということである▼うまくかわした、おつもりかもしれぬ。しかし、核心を避けながら「責任は自分に」と誰かを守ろうとする姿を国民はどう見たであろう。その証言自体にこの問題に潜む「忖度(そんたく)」の二文字があらためて浮かばなかったか▼どこかに、「国民のための」という眼鏡を置き忘れなかったか。仕事熱心なお方に見えた。その分、悲しい。