米映画「ショーシャンクの空に」の主人公が脱獄を計画したのは、その終身刑が冤罪(えんざい)によるものだったからである。「アルカトラズからの脱出」のクリント・イーストウッド演じる主人公の場合は悪らつ非道な刑務所長から逃れるためだった▼脱獄は失敗のリスクが高い上、罪を重ねることになる。よほどの理由と決意がなければ、映画としてのリアリティーが弱まるのだろう。ぬれぎぬを晴らすため。裏切り者への復讐(ふくしゅう)のため。妻と子に一目会うため…。主人公たちは重く、切実な理由を抱えて高い壁に挑むものである▼現実はそうでもないらしい。愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場から脱走していた受刑者が広島市内で逮捕された。脱走から二十三日目。逃げた理由は、「刑務所での人間関係が嫌になった」だった▼気持ちは分からないでもないが、出所まで二年なかったと聞く。その理由で屋根裏に息をひそめ、海を泳いでまで逃げていたとは、首をかしげたくなる▼存外、当節風の脱走なのかもしれぬ。逃げ出したのはいわゆる塀のない刑務所。脱走の理由には断じてならないが、一般社会に近い環境の中にかえって面倒な人間関係があったのか。再発防止のためにも理由をよく聞かねばなるまい▼隠れていたのは人口減で増えた空き家。解決にほっとする一方、このあたりにも、平成ニッポンの問題が隠れている。