地武太治部右衛門(ぢぶたぢぶえもん)さんが、殿様から使者の大役をおおせつかる。ところが、うっかり者で相手に伝えるべき口上をすべて忘れてしまう。落語の「粗忽(そこつ)の使者」である▼忘れたとあっては切腹するしかない。応対した方も困ってしまい、何か思い出す方法はないかと尋ねると、子どものときから物忘れがひどく、そのたびにお尻をつねってもらって思い出していたと。そこで家中の腕自慢を集め、試してみるが、いっこうに効かない。ついには、出入りの大工が閻魔(えんま)(やっとこ)でつねってみると…▼どんな閻魔のおかげか知らぬが、その使者はやっと事実を思い出したらしい。「粗忽の使者」ではなく「首相の使者」の話である。「加計学園」の獣医学部新設をめぐる問題。柳瀬唯夫元首相秘書官が学園関係者と首相官邸で面会していたことを国会で認める方向となったという▼厳しい追及にも面会の事実を示す備忘録を突きつけられても「記憶の限りでは会っていない」とかたくなにおっしゃっていた方である▼与野党対立で立ち往生する国会を見て忘れたふりをやめたのかとは言うまい。なんにせよ、取り戻した記憶を祝いたい▼さて、せっかくである。もう少し思い出していただきたいことがある。なぜ面会したのか。首相はどう関与しているのか。まさか、そこのところはどうも思い出せぬでは、世間も閻魔様も納得しまい。