ヘラクレスが道を歩いていると、リンゴのようなものが落ちていた。踏みつぶそうとすると二倍の大きさになった。イソップの「ヘラクレスとアテナ」である▼ヘラクレスはその物体をさっきより強く踏みつけ、こん棒で殴りつけたが、ますます膨らみ、道を塞(ふさ)ぐほどになった。あぜんとするヘラクレスの前にアテナ女神が現れる。「おやめなさい。それは敵愾心(てきがいしん)であり、争い(の精)なのだ。放っておけばそのまま。もみ合うほどに大きくなる」▼「リンゴのようなもの」がみるみる大きくなっていく光景を想像してしまう出来事である。トランプ米大統領がイラン核合意からの離脱と経済制裁の再開を表明した▼トランプさんには合意がミサイル開発を食い止められぬ「最悪の取引」に見えたか。それでも、その合意は関係国が苦心の末にまとめたイラン核開発の一応の歯止めである▼見直したいのなら、他の方法もあっただろうに、一方的離脱で踏みつけ、経済制裁のこん棒で殴りつけるとあってはイラン国内の「敵愾心の精」も黙っていまい。それを恐れる▼イラン核合意は、オバマ前米大統領の政治的遺産の一つで今回の離脱には、中間選挙を見据えたトランプさんのオバマ政治に対する否定やあてこすりの面もあったと聞けば、こちらのいらだちのリンゴも大きくなる。「おやめなさい」と大統領を諭す神は現れぬのか。