「試金石」という言葉、比喩的な意味では多用される。だが意味のもとになっている石についてはあまり知られていないのではないか▼石は通常、黒くて板状だ。金をこすり付けて、表面に残った色や薬品をかけて出た色で、純度が分かる。古代ローマの文学作品や江戸期の絵巻にも登場し、現在も貴金属店などで使われるそうだ。古くから各地で金を取引する人が、この表面に目を凝らしてきたのだ▼いったいどんな色が出るのだろうかと多くの人が固唾(かたず)をのんで見つめている光景が目に浮かぶ。人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った心臓病治療の臨床研究が始まることになった。大阪大のチームが年度内に、重症の患者にシート状の細胞の移植手術を行うのだという▼ノーベル賞につながったiPS細胞が、いよいよ人の生命を救う領域で応用に近づくということでもある。心臓病は日本人の死因第二位の病気だ。移植を待っている人も多い。期待は大きい▼子どもの場合はなおさらだ。親たちはわずかでも願いを込めながら、研究を見つめることになるだろう。ただ、細胞のがん化や未知のリスクが否定できていない。命に関わる治療で成果を急ぐと悲劇を招きかねない▼きれいな色が現れなかった時、想定外の色が出た時にどうするか。災難は人の真の試金石だという格言がある。踏みとどまる勇気も試されることになる。