救命ボートに、全員は乗れない。操れるのは船長ただ一人。あなたが船長なら残る乗組員を指名できるか。幸運を祈りつつ自ら海に飛び込むか、全員残って運命をともにするか▼倫理をめぐる問いに「残る人を指名する。僕が船を操って一人でも多く助ける」と言っていたのが、サッカーのワールドカップ(W杯)で日本代表を躍進させた岡田武史元監督だ。「それが僕の仕事。たった一人で全責任を負う。逃げ出したくなるくらい怖い」とも。三浦知良選手を切った人である。選手を選ぶ監督の孤独と重圧を伝える言葉だろう▼W杯ロシア大会に向け西野朗監督が代表二十三人を選んだ。実績のある選手が入る一方で意外な名前はない。秘密兵器のような若手を呼ばず、失望の声も上がっているようだが、そこに西野さんの決断を感じる▼サッカー強国のスペインには、いくつか監督の呼び方がある。「鍛える人」を意味する言葉が一般的で、代表監督に限り「選ぶ人」とも言う▼鍛え、選ぶ。代表指揮官の仕事の柱だが、四月に就任したばかりの西野さんに鍛えるための時間はほとんどない。選手の経験を重視し、そこにかけた。今回の選考が重い仕事だったはずだ▼突然の監督交代と強化試合の敗戦で、ここまで周囲の期待は過去のW杯ほどではないようだ。驚きには欠ける。しかしそこに躍進の力が潜んでいることを祈りたい。