冷戦期には、今では考えられないような米ソの逸話が残っている。一九七〇年、米国の高官ハルドマン氏の部屋に、同じく高官だったキッシンジャー氏が駆け込んだ。「大統領に会わなきゃいかん」。手にキューバの航空写真。港の近くに、サッカー場が見える。「戦争になるおそれもある」▼戸惑うハルドマン氏に対し「キューバ人は野球をする。ロシア人はサッカーだ」と告げた。<これで読めた…最悪の事態になった…ソビエトはキューバに原子力潜水艦基地をつくっている>。ハルドマン氏は自著でそう回顧している▼キューバは野球の国で、ソ連は当時、サッカー強国の一つ。キューバ進出は明らかになり、米政権は外交で圧力をかける。衝突寸前までいったキューバ危機の再現は避けられた▼開催中のサッカーワールドカップでロシアが七〇年のソ連以来の八強入りを果たした。史上最弱の開催国の低評価もはね返した。モスクワは第二次大戦の対ドイツ勝利以来の騒ぎだったらしい▼開催国が強いと大会は盛り上がる。もともと機密が漏れるほど<ロシア人はサッカー>なのだ。よみがえった強さは番狂わせ続きで中身の濃い大会に貢献しているだろう▼低俗、高尚を問わず、サッカーは今も昔も世界共通の話題だ。国柄や歴史を思い楽しめるとあらためて気付かされる。日本敗退が寂しいが楽しみはもうしばらく続く。