小説を読んでもらうことは初対面の人に自分の車に乗ってもらうのと同じだ-。『アヒルと鴨のコインロッカー』などの作家、伊坂幸太郎さんがこんなことを語っている▼初対面の人を車に乗せることは難しい。だから、冒頭部分に知恵を絞る。笑わせ、驚かせ、はっとさせ、車に乗せるため、読者をひきつけようと心掛ける▼このたとえでいえば、とても車に乗れぬ、三年に一度の大芝居の冒頭のつまらなさ、迫力のなさである。自民党総裁選。さあ幕が上がったと思ったら、岸田さんがはや出馬を断念し、安倍さんの三選を支持するとおっしゃった。岸田さんの支持で安倍さんは党内の六割方を固めたそうな▼岸田さんとしては勝てそうもないし、負ければ反主流派として冷や飯を食うことになる。かわいい子分を思えば…。そんなところか。分からぬでもないが、それでは、己の志はどうなるのだと大向こうからはきついやじも飛ぶだろう▼安倍さんとは異なる政治の考えをお持ちのようである。ならば勝とうが負けようが出馬し、意見を戦わせる選択はなかったか。たとえ敗れても、その志と心根を買う人も現れよう。それが次の次、その次につながるものであろうに、迷った末に不出馬では悪い印象しか残らぬ▼堂々たる論戦が見たい。どうなるかは分からぬとはいえ、第一幕でつまずいた芝居にあまり良い予感はしないが。