子どもが悪さをすれば、他人の子どもであろうと叱りつけるカミナリおやじというものはその昔ならどこの町内にもいたものだが、最近は、聞かなくなった。地域のしつけ役であり、今から思えば、ありがたい存在なのだが、当時の子どもにすれば、やはりおっかなかった▼作家の平野啓一郎さんが『「カミナリおやじ」とは誰だったのか?』という文章の中で大胆な見方を示している。あのカミナリおやじとは過酷で悲惨な戦場体験によって心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症していたのではないかという指摘である▼ひどい戦場体験に苦しんだ平野さんのおじいさんがそうだったそうだ。心の不調によって時に感情が抑えきれず、爆発する。同じようにあのカミナリおやじたちとは「戦場のフラッシュバックに苦しみ続けた人々」だったかもしれぬと書いている▼事実は分からぬが、PTSDという言葉も適切な治療法もない時代である。戦争の狂気、恐怖が残した心の傷は手当てもされず、それがカミナリとなって現れたとしても不思議ではない▼終戦記念日である。人が殺し合い、憎み合う中では誰であろうと心はきしむ。その見えない傷は戦争の後も長く残った▼カミナリおやじがいたわしい。ひょっとして、あのカミナリの裏側にあったのは、決して戦をしてはならぬという苦しい叫び声だったのかもしれぬ。