<またしても女房が言ったのだ/ラジオもなければテレビもない/電気ストーブも電話もない/ミキサーもなければ電気冷蔵庫もない>。山之口貘の「ある家庭」。ある家庭といっても貘さんの家のことである▼高度成長期の一九六〇年代前半だろう。白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫の「三種の神器」の時代だが、生活が不安定だったその詩人にはまだ手が届かなかったか。<こんな家なんていまどきどこにも/あるもんじゃないやと女房が言ったのだ>。詩はそう続く▼山之口家になかった家電がすべてそろう豊かな時代とはいえ、その数字にたじろぐ。内閣府の調査によると、現在の生活に満足と答えた人の割合は74・7%。調査開始の六三年以降で過去最高だそうだ▼数字だけならどの時代よりも生活満足度の高い時代ということになるのか。少子高齢化社会という薄曇りの時代の中、信じられぬという人もいるだろう▼おそらく生活の満足度と幸せとは似ているようで別の物なのかもしれぬ。実際、同じ調査で日常生活に「悩みや不安を感じている」人は63%。豊かかもしれないが、明日はどうなるか。その不安が過去最高への違和感だろう▼あの詩の続きがある。<こんな家でも女房が文化的なので/ないものにかわって/なにかと間に合っているのだ>。豊かではないが明るくたくましい。さて、今と比べてどっちが幸せか。