多くの小中学校で夏休みの終わりが近づき、図書館がいつもの年のようににぎわっていた。およそ四十日間の自由の代償ともいえる宿題と最後まで格闘する子も多いはずだ▼作家安岡章太郎にも格闘の経験がある。小学生の時、夏休みの最終日まで宿題に手を付けなかった。白紙の宿題帳を見た母は驚きと怒りで<お前、死になさい、お母さんも死にます>と口走った(『まぼろしの川』)。そこから母子による宿題との闘いが始まる▼でたらめな答えを二人で書き込み続けた。<その夜のことを、私は一生忘れまい>。作家は初めての徹夜に大人になったような興奮も覚えた。話は傑作の短編小説『宿題』にもなる▼夏休みの終わりと手付かずの宿題。文学に昇華可能なテーマだろう。ネット上での宿題代行の出品をめぐり、文部科学省が規制に乗り出したというニュース。読書感想文なる商品が定着していたことに加え、格闘しないという選択肢が普通になっていたのに驚く▼時間を受験勉強にあてるという言い分には考え込んでしまうが、正面突破は悪くない。本や自然との出合いが宿題にはあった。苦しみが鮮明な大人としてはそう言いたくもなる▼世の中は解決に代行不可能な問題ばかりである。例の障害者雇用率の水増し問題。省庁は、再発防止に正面から取り組まないといけない。大人の宿題も思う夏休みの終わりだ。