将棋の羽生善治さんが「棋は対話なり」について分かりやすく説明している。駒を動かしながら心の中で相手とこんな会話をしているという▼「ここまで取らせてください」「わかりました。そこまではいいでしょう」「じゃあ、これもいいですか」「いや、それはちょっとよくばりでしょう。こちらも戦いますよ」。こうした対話を重ね、押したり引いたりしながら、最終的に自分の有利な展開へと導いていくものなのだろう▼「ここまで取らせてください」「えっ、それはちょっと」「うるさい。これもだ」。ここまでひどくないことを願うが、国民を相手にした五年九カ月のその人の将棋にこんな危険な対話を感じるのである。自民党総裁選で三選を果たした安倍晋三総裁(首相)である▼史上最長の首相就任期間も視野に入るが、今回の総裁選で伸び悩んだ地方票を安倍さんがどう受け止めるか▼国民の考えに近い地方票が安倍さんをためらったという「一手」に対し「うるさい」ではなく、別の手というべきか、耳を用意していただきたい。異なる意見に傾ける耳である▼トランプ政権を批判するポール・マッカートニーさんの新曲「ディスパイト・リピーティッド・ウォーニングス」が話題らしい。危険だと何度も警告されたのに無視して、大嵐に突っ込む船長の歌である。わが国の船長には耳があることを祈るしかない。