明治時代に来日した英国の女性旅行家イザベラ・バードの旅は、古き良き人々との出会いの日々でもあった。貧しくても子どもを絆に楽しく暮らす家族、礼儀正しい肉体労働者たち、もてなしてくれる田舎の宿の主人…。約二千キロに及ぶという旅の記録として知られる『日本奥地紀行』には優しさや親切との遭遇がある▼何よりこわごわ出発したバードは、実際の旅の安全に感心した。<恐怖心とはまったく無縁だった…世界中で日本ほど女性が危険にも無礼な目にもあわず安全に旅できる国はない>などと賛辞を繰り返す▼古くから街道が発達し、お遍路やお伊勢参りといった伝統もある国だ。外国人の目に、育まれてきた伝統が大きな驚きとして映ったようだ▼旅人を迎える心が今もなお生きているとすれば、それが悪用された逃避行だろう。大阪の富田林署から逃げ、山口県内で、先日捕まった男である。約五十日間に及ぶ逃走の中身が、分かってきた▼大きな荷を積んで、自転車で長旅をしている人をみればねぎらいたくなる人は多いだろう。偽装を疑えた人はいただろうか。愛媛県庁では「日本一周中」の紙をもらったそうだ。お遍路のかさも持っていたらしい▼二人旅も装っていた。警察の見逃しは残念だが、なんという悪知恵か。自転車で一人旅をする人々の印象まで傷つけることにならないか。いやな逃走劇である。