家々の入り口に「子供るす」と書かれた半紙が、なぜか逆さまに張り付けられている。はしかの流行期になると、京の町でそんなおまじないがよくみられたという。医師で評論家だった松田道雄さんが随筆で回想している▼半紙の言葉は、疫病神へのメッセージだ。子どもは今、家を空けていますので、どうかお引き取りください。まだはしかにかかっていない子を守りたいと願う親の切実な心のあらわれだろう▼松田さんは後日、病魔が空に逆立ちし、病人に熱湯をかけている古い絵をみつけた。半紙がひっくり返っていたのは、病が空からやってくると恐れられていたからのようだ▼逆さまの半紙に書く言葉は、さしずめ「身重の人るす」であろうか。首都圏を中心に患者数が昨年の十二倍近くになった風疹である。五年ぶりに、大流行の恐れがある。三日ばしかとも呼ばれ、古来怖がられた感染症だ。何より、おなかの赤ちゃんへの影響が怖い。妊娠初期に感染すると、心臓疾患など先天性の病気や障害が起きる恐れがあるという▼予防にはワクチン接種が有効だ。ただ、世代ごと接種をしていない男性も、多いようだ。家庭内で男性から感染する例もあろう▼松田さんは、張り紙を家から患者を遠ざけるための京都らしい外交術ともみた。予防接種で疫病神に遠慮してもらうとともに、身重の人にうつさない配慮が必要だろう。