「あなたの肝臓をいただきます」。日本語だと、身の毛のよだつ怪奇映画の題名みたいに聞こえるが、ペルシャ語でこう言われたのならほほ笑むべきかもしれぬ。このおそろしい言い方で「あなたのためなら何でもする」「心から愛している」の意味になるそうだ▼恋人同士や家族の間で使う愛情の表現で肝臓を食べてしまいたいくらいに好きという意味らしい。肝臓に愛情を重ねた表現は他にもあり、父親が自分の子に「金色の肝臓よ」と呼びかけているのを聞いても、それは「いい子だね」という意味で、心配には及ばぬ▼ペルシャ語が公用語のイランでは昨日、かの国に向けて「あなたの肝臓をいただきます」とまるっきり正反対の言葉が飛び交ったにちがいない。米国がイラン核合意からの離脱を踏まえて、重い経済制裁を再開した▼制裁対象には国家収入の約三割を占める原油取引も含まれる。イラン経済には肝をつぶすどころの話ではなかろう▼日本など一部の国は当面、イランとの取引が認められるそうだが、やがては世界経済全体への打撃にもなりかねない▼粘り強い交渉もなく、ただ気に入らぬと合意を離脱し、制裁という米国の強気一辺倒のやり方は理解されまい。イランを追い詰め、かえって核開発の道を急がせないか。優しい愛の言葉ではなく、本来の「あなたの肝臓をいただきます」を選ばせてはならぬ。