地中海マルタ島。一九八九年十二月、米国とソ連が冷戦終結を宣言したマルタ会談が行われたのは、東部の港バレッタに停泊したソ連の客船の中だった。日本では平成になった年で十一月にベルリンの壁が崩壊。世界が大きく動いた年だった▼悪天候続きで、マルタの海は荒れに荒れたそうだ。会談が「船酔い会談」とも呼ばれる理由である。「世界はひとつの時代を克服し、新たな時代へ向かっている」。会談後ゴルバチョフ共産党書記長と共にこう宣言した米大統領が亡くなった。ジョージ・H・W・ブッシュ氏。九十四歳。あの会談の季節に旅立たれたか▼マルタ会談の際、ゴルバチョフ氏からプレゼントをもらった。世界地図。ただの世界地図ではない。米軍基地の位置が記された地図だった▼ソ連の諜報(ちょうほう)機関が作製したもので米側から見てもかなり正確にできていたそうだ。ゴルバチョフ氏が贈ったのは冷戦終結ならば、もう必要ないという意味か。ブッシュ氏が大切にしていた理由も分かる▼四五年のヤルタ会談以降の冷戦時代から新たな時代に。「ヤルタからマルタへ」は当時、新たな平和を予感させる言葉だった▼二十九年後。残念ながら世界はなお対立の渦中にある。米ロシア関係は悪化。米中国関係は新冷戦と呼ばれるほど深刻さを見せている。船はマルタからどこへ向かえばよいのか。海は大荒れのままである。