両国橋の上で俳諧師の宝井其角(たからいきかく)はかつての弟子にばったり出会う。男は煤竹(すすたけ)売りに身を落としている。あまりの変わりように其角が驚き、こう発句する。<年の瀬や水の流れと人の身は>。煤竹売りはこう返す。<明日またるるその宝船>▼男は煤竹売りに化けた赤穂義士の一人、大高源吾。明日とは旧暦十二月十四日のこと。主君の敵を討つ吉良邸討ち入りの決行日である。明日には討ち入りの「宝船」が待っているとほのめかしたわけだが、其角には分からない。いい場面である▼もちろん偶然だが、よりによって、「忠臣蔵」の討ち入りの十四日がその日になるのか。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設工事をめぐって、政府は十四日に埋め立て予定海域に土砂の投入を開始すると表明した▼沖縄県の反対の声を押し切ってまで、沖縄の海に討ち入ろうとでもいうのか。そのやり方は決して国民が望む「宝船」にはなるまい▼土砂投入に踏み切れば、後戻りはできなくなる。政府としては話し合いによる決着は困難と判断し、工事を進める考えだが、その強硬なやり方では地元の反発を強めるばかりだろう。政府が埋めるべきは海ではなく、沖縄県との間にある深い意見の溝である。話し合いをあきらめてはならぬ▼赤穂義士はその日、主君の無念を晴らした。土砂投入を行えば、その日は、沖縄の「無念」の日になる。