米国などで語られている少し品に欠ける警句である。<統計はビキニ型の水着に似ている。さらけ出しているようにみえるが、肝心のところは隠されている>。英国の宰相チャーチルの言葉とする説もあるが、出どころは米国の学者のようだ▼細かい数字がずらりと並んでいて、権威ある調査機関の名前でもあれば、統計は日の光にさらされた真実であるかのようにみえる。ただ、もっともらしさに見とれると、あえて隠された数字に気付けない。都合よく操作されていても発見は難しい。統計の怖さを言い表していようか▼厚生労働省の「毎月勤労統計調査」の手法が不適切で、失業給付金などの過少支給の対象者が延べ二千万人近くになり、総額は五百億円を超えるという。予算の組み替えまで強いられそうな異常な事態が明らかになっている▼国の基幹統計である。長年蓄積された細かい数字は事実同様の重みを持って、世に受け入れられてきたはずだ。政策をつくる基礎にもなってきた▼もっともらしさの下で、恣意(しい)的な数字の操作が、なかったか。何かが隠されていたのではないか。他の統計は大丈夫なのか。疑問が湧いてこよう▼裁量労働制をめぐっても、不適切なデータ処理が昨年、明らかになっている。障害者雇用の水増し問題もあった。信頼を取り戻すために「毎月不正調査」でもしたほうがいいのかもしれない。