シェークスピアは『ハムレット』で書いている。<神がひとつの顔をお与えになり、人がこれを別の顔にする>。天与の才は人それぞれ。大切なのはどう生かすか。そんなふうに読める▼権藤博さん。飛び抜けた才能を授かった野球人だろう。投手としての才能を使い果たした後に、人間くささを感じる別の顔で輝いた人にも思える。先日、八十歳で野球殿堂入りした▼「権藤、権藤、雨、権藤」の言葉を生んだ現役時代の記録をながめてあらためて驚く。昼に先発した後、夜の二試合目で救援したり、中二日で連続完投勝利を飾ったり。当時の記事によれば、速球も変化球も絶品だった。プロ一、二年目の計65勝。伝説的な数字だろう▼肩の酷使で投げられなくなり、実際に光り輝いたのは、二年間しかない。<地獄の中でもがき苦しんだ経験があるから、人の痛みにも気付けるようになった>(著書『教えない教え』)。指導者としては、長い下積みも経験した▼選手側に立った指導は徹底している。コーチ時代に、監督とぶつかったこともある。酷使を避けつつ、投手に戦う姿勢を植えつけた。監督として、投手分業制を確立した横浜(現DeNA)を日本一に導いている▼球界で分業制は確立された。多くの投手に慈雨となった人だろう。太く短い現役時代と味のある指導者ぶりでファンも潤してくれた人の殿堂入りである。

 
 

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