仙人がある酒館に行くと主人が酒を気前よく出してくれた。しかも、お代を取らない。仙人はその後もたびたび訪れては酒をごちそうになっていた▼数年後、仙人が「酒代もだいぶたまったでしょう。今日は少し払いましょう」と言い、何を思ったか、店の壁に橘(たちばな)の皮で鶴の絵を描いた。この黄色い鶴、不思議なことに客が歌うと壁から抜け出て舞う。おかげで店は繁盛し、主人は楼を建て「黄鶴楼(こうかくろう)」と命名した。中国の伝説である▼落語ファンならば「ねずみ」を思い出すか。宿賃に困った名工、左甚五郎が借金のかたにネズミを彫る。このネズミが生きているかのように動き回る。その人気で宿屋に客が殺到する▼東京湾近くの防潮扉に描かれたネズミの絵。こっちのネズミは甚五郎作とは異なり、ぴくりとも動かぬが、世間の方は「大山鳴動」である。何でも世界的に有名な正体不明のアーティスト、バンクシーの作品である可能性があるそうだ▼本物なら東京都は甚五郎作を無料でいただいたことになるのか。あわてて扉を取り外し、大切に保管したらしい▼バンクシー側は真偽を明らかにしていないが、かつてオークションで落札された自分の作品をシュレッダーで切断するなど、カネの世に背を向ける人とお見受けする。何年間も放置されていた「落書き」を一転、お宝とあがめる世の中を冷ややかに見ている気がする。