インドのとんち話にこんなのがあるそうだ。ある夜、家に盗っ人が押し入った。だが、番犬は吠(ほ)えなかった。ロバがなぜ黙っていたのかと注意した。犬は「これまで再三、吠えたが、主人が褒めたことはない」と答えた▼別の晩、また盗っ人がやって来た。真面目なロバは犬に代わって大声でいなないた。盗っ人は消えたが、目をさました主人は「なんで人の眠りを邪魔するんだ」とムチでロバをたたきのめした。犬はロバに言った。「忠実に働いた者にご主人はどんな褒美をくれたかね」▼おそらく、問題が起きたことを知らせるロバではなく、面倒を起こさぬ方が利口だと考える犬の方が省内で大きな顔をしていたのだろう。厚生労働省の毎月勤労統計の不正調査問題である▼特別監察委員会の報告書によると担当職員は調査のやり方が不適切だと知っていたが、漫然と踏襲していたという。局長級職員は報告を受けていたが、やはり放置した。ため息がでる▼不適切と吠えれば、大騒ぎになるだろう。自分も厄介ごとに巻き込まれるかもしれぬ-。そんな悲しい了見違いもやはり省内で「漫然と踏襲」されているのではないかと疑う▼とんち話に逆らうようだが、とどのつまり、沈黙の犬は利口ではなかろう。悪事は露見し、二十二人が処分された。国民という本当の主人のために忠実に吠えなかったためムチを受けたのである。