三百年も前につくられた弦楽器の名品ストラディバリウス。その妙(たえ)なる響きの秘密は何か。弦楽器製作者や科学者が謎に挑み続けているが、その答えの一つは、地球から一億四千九百万キロ彼方(かなた)にあるらしい▼十七世紀半ばから七十年間、太陽の活動は低調だった。欧州は曇りがちで、冷え込む年が続いた。そんな天候が年輪が細かく密な木を育み、名器の材料になったという説である▼ストラディバリウスのような調べを響かすことはなくとも、樹木の年輪は雄弁だという。その時々の気温や雨の降り具合、そしてはるか遠い太陽の微妙な活動まで語ってくれるというのだ▼『地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか』(化学同人)の著者・宮原ひろ子さんは、一九五九年の伊勢湾台風で倒れた伊勢神宮の杉を調べた。樹齢は四百五十九年。室町の昔から昭和までを生きた「長老」は「十八世紀の終わりから、十九世紀半ばの西日本は、太陽活動の弱まりの影響で徐々に雨が増えていった」と教えてくれたという▼年輪を調べるにあたって、節目となる年があるそうだ。東京五輪のあった一九六四年だ。その前年、部分的核実験禁止条約が発効したが、米ソなどは発効前に駆け込みで核実験を重ねた。その痕跡が、年輪に特徴的に刻まれているという▼樹木は、太陽の動きも、人類の愚行も、すべて忘れずに書きとめているのだ。