がっぷりと組み合って、動かなくなった二人の力士には、一見、平和が訪れているかのように見える。実際は、力が辛うじてつり合っているにすぎない。夏目漱石は、これを「互殺の平和」と呼んでいる▼<現状を維持するに、彼等(かれら)がどれほどの気魄(きはく)を消耗せねばならぬか>(『思い出す事など』)。平和な日常を維持するためのわれわれの営みも、<まさにこの相撲のごとく苦しいものである>とも▼さまざまな力がせめぎ合う物の価格の世界にも、緊張と均衡の「互殺の平和」があろうか。どうやら、そこに変化が起きているらしい。大手メーカーによる飲料や食品の相次ぐ値上げ発表である▼二十七年ぶりに、一・五リットル入りの「コカ・コーラ」の希望小売価格が四月以降二十円上がる。物流費上昇などの圧力を受け続け、長く保ってきた均衡が、維持できなくなったようだ▼ほかにも四年ぶりという乳製品の値上げもある。他の大型ペットボトル飲料やカップ麺も列に連なる。理由はそれぞれだが、運送業界の人手不足などによる物流費上昇という要因は共通だ。労働人口の減少という難題が、食品などの価格に影響を及ぼしてきたということだろう。原油高など国際的な要因もあって、他の食品の値上がりも考えられる▼家計が土俵際に追い詰められたわけではないだろうが、消費税増税は近い。消耗はしたくない時だろう。