<梅の木にふりかゝりたるその雪をはらひてやれば喜びのみゆ>。中原中也の初期の短歌で「春をまちつゝ」という題が付いている▼同じ中也で雪といえば「生ひ立ちの歌」の雪を連想する。(幼年時)「私の上に降る雪は真綿のやうでありました」。人生のそのときどきに降る雪。真綿のような優しい雪は変わっていく。「少年時」に「霙(みぞれ)」となり「十七-十九」で「霰(あられ)」、「二十-二十二」で「雹(ひょう)」、「二十三」で「ひどい吹雪と見えました」。雪は徐々に強くなっていく▼十八歳か。季節でたとえれば、それはまぶしく輝き、笑い声であふれる、「夏」であろう。雪など悪い予感のかけらもない。なのにその夏に霙でも霰でもなく、いきなり「ひどい吹雪」が襲ったとは、残酷な現実である。競泳の池江璃花子選手(18)。昨日白血病であることを公表した▼昨年のアジア大会で六冠を達成。きらめく泳ぎとその病名がどうあっても結び付かない。「私自身、未(いま)だに信じられず、混乱している状況です」とコメントしていた。十八歳の身には冷たすぎる吹雪である▼二〇二〇年の東京五輪という春。大輪を咲かせたいとその春を待ち続けていた、梅の木に降り積もる雪。<梅の木にふりかゝりたる>その厳しい雪を<はらひて>やりたいと祈るしかない▼吹雪の中を泳ごうと挑む君を応援する。どのレースよりも大声を張り上げる。