作家の安岡章太郎さんは旧制高校受験に三年失敗している。いわゆる三浪である。何年も浪人した経験のある人とない人では「顔つきまでちがうように思われる」と書いていらっしゃる▼「何年も浪人したことのある人はどこかに“落第生”の雰囲気を漂わせている」という。この場合の「落第生」はそんんなに悪い意味ではなかろう。詳しく説明していないが、愚直でちょっと虚無的な匂いが幾つになっても残るそうだ。挫折や長い苦労が人としての味や深みのようなものを与えるのか▼安岡さんとちがってこちらの「浪人観」はただ悲しい。二浪以上の学生は「(授業内容に)ついていけないことが多かったり、国家試験に受からなかったり…」。そう語ったのは昭和大学の医学部長である▼この大学、医学部の一般入試で現役と一浪に限って加点し、二浪以上が不利になる不正な調整を行っていた。試験は公平と信じて挑んだ二浪以上の学生やその家族にとっては許せぬ話であろう▼現役と一浪だけにゲタをはかせた理由を聞いて開いた口がふさがらぬ。「将来性への評価」という。それは現役と一浪の他に将来性はないと言っているのに等しい▼慰めにもならぬが、二浪生以上の受験生に声をかけるとする。厳しい「浪(なみ)」を乗り越えた分、他人の痛みや悲しみを理解しやすくなるはずである。きっと良いお医者さんになれる。