エノケソ、土(ド)ノケン。「エノケン」の愛称で知られる昭和の喜劇王、榎本健一(一九〇四~七〇年)の「ニセモノ」たちの名である。戦後の一時期、本物の人気に便乗し、紛らわしい芸名で地方を回る一座が複数いたという▼三谷幸喜さんの最近の舞台、「エノケソ一代記」の主人公(市川猿之助)は本物のエノケンになることに取りつかれた芸人の一人。本物のエノケンの子どもが亡くなったと聞けば、悲嘆に暮れ、本物が病で右足を失ったと聞けば、自分も足を傷つけてしまう。その妻(吉田羊)のせりふが印象に残る。「あの人は本物のニセモノ」。ニセモノにも意地もあれば、夢もある▼同じニセモノでもこっちは腹立たしき偽物中の偽物である。神奈川芸術文化財団が保管していた棟方志功(むなかたしこう)の版画「神奈雅和(かながわ)の柵」がいつの間にやら、偽物にすり替わっていた。本物の方は盗まれた可能性が高い▼サスペンス映画なら、すり替わっていたのは精巧な贋作(がんさく)というのが通り相場だが、額を外せば、一目で分かるカラーコピーだったとは、騙(だま)された方もきまりが悪かろう▼しかも、県は偽物の判明から三年もその事実を伏せていたという。犯人はひょっとして、そのあたりの役人の習性を熟知していたのかもしれぬ▼エノケソにならって、カラーコピーの偽物を「神奈川の詐・苦」「神奈川の(失)策」とでも呼ぶか。笑えぬ。