筆洗       

2017年7月15日
 

「百合は霊魂の光だ」と書いたのは、中国の民主活動家・劉暁波さんである▼民主化を求める人々が武力で圧殺された天安門事件。その日がめぐり来るたび、劉さん夫妻は、百合を部屋に飾ったという。彼は、書いている▼<白い百合が暗夜にきらめく。ほころぶ花びらと緑の葉がきらめく。淡い花の香りがきらめく。まるで霊魂の死んでも死にきれない瞳のようだ>(『天安門事件から「08憲章」へ』藤原書店)▼天安門事件のときに彼は、自由のためには非暴力での抵抗を貫くことこそが大切だと訴えた。「憎しみは暴力と専制を生み出すのみ」との理念を投獄されても変えず、国家政権転覆扇動罪に問われた裁判で、言い切った。「私には敵はいない。私には憎しみはない」。自分を弾圧した警察官や検察官も「みな私の敵ではない」と▼二〇一〇年のノーベル平和賞の授賞式に劉さんは出席できず、彼が座るべき椅子は空席のままだった。六十一歳での早すぎる死を、ノルウェーのノーベル賞委員会は「彼が座るべき椅子は永遠に空席のままとなってしまった」と悔やんだが、その席に似合うのは、純白の百合であろう▼彼は、こうも書き残した。<百合は、霊魂のために灯(とも)された祈りの火で、ぼくをじっと見つめ、熱く燃えあがらせ、明るく照らしだす。自由を渇望した人は死んだが、霊魂は抵抗のなかで生き続けている>