靴はおしゃれの基本です、とはよく耳にするが、作家の太宰治はそう考えなかったようである。大学時代、雨の日はもちろん、晴れの日も、ゴム長靴を履いて歩いていたそうだ▼「服装に就いて」の中でゴム長靴の効用を強調している。靴下をはいていなくても見破れない。水たまりも泥道も平気。脱ぐときも「軽く虚空を蹴ると、すぽりと抜ける」…。長靴の実利を説くが、友人には、その長靴ルックは不評で「どうにも、それは異様だから、やめたほうがいい」▼この靴もスーツにネクタイの会社員が履けば、「異様」に見えるか。運動靴のスニーカーである。スポーツ庁は働く世代の運動不足解消を目的に、スニーカーを履いて通勤することを提唱。国民運動として定着させたいという▼スニーカーなら、通勤時や仕事の合間にウオーキングなども確かにしやすい。既に忘れ去られた「プレミアムフライデー」など役所主導のアイデアには首をひねりたくなるものも少なくないが、スポーツ奨励の妙案かもしれぬ▼問題はその靴がわが国伝統の通勤スタイルに似合わぬことだが、「ダサい」とうめかず、「太宰」の実利で判断すべきか。スニーカー通勤が会社員に運動しやすい環境を提供し、それが健康増進につながるのならやってみる価値はある▼何よりも見てくれを気にしている場合ではない、この国の医療費の増大である。