村上春樹さんの短編小説「UFOが釧路に降りる」の中にサケの皮が大好物というお母さんが出てくる。「私のお母さんは鮭(さけ)の皮のところが大好きで、皮だけでできている鮭がいるといいのにってよく言っていたわ」。ちょっと気味が悪いが、サケ皮ファンなら、うなずくか▼「サケの皮は一反分」。そのうまさでかつてはそんな言い方もしたそうだが、皮だけもなにも北海道の秋サケが大不漁という▼北海道新聞によると定置網漁の漁獲量は記録的な不漁だった前年同期よりもさらに三割減。十勝・釧路管内などのえりも以東海区では七割減とは深刻である。不安定な海水温に稚魚が生き残れなかったためとの分析がある▼歳末に向けての台所にもすでに影響が出ている。不漁と価格高騰を受けてだろう、北海道ではサケの腹を割きイクラを持ち去る窃盗事件も相次いでいる▼サケ不漁にどうも心細くなるのは、塩引きのサケが年中あって日本人に身近な存在であるせいかもしれぬ。おにぎり、お弁当のおかず。歴史も関係あるだろう。『「和の食」全史』(永山久夫さん、河出書房新社)によると縄文草創期の住居跡からもサケの歯や骨片が出土する▼大量に獲(と)れ、保存しやすく、骨、皮、アラなどを含め捨てるところのないサケは一万年以上も前からこの列島に住む人の胃と心を支えてきたか。来季の豊漁を祈るばかりである。