忘れられぬ「目」がある。今から十七年前、北朝鮮の金正日総書記がロシアを訪問した時に見た、目である▼一行は厳重な警備で守られていたが、西シベリア・オムスクの駅で、ちょっとした手違いが起きた。総書記は既に専用列車に乗り込んだと勘違いしたロシア側が規制を解いた。報道陣が一斉に駅に向けて駆けていくと、何とそこには、にこやかに手を振る総書記の姿が▼あわてて詰め寄ってきた北朝鮮の背広姿の男たちの目の異様な鋭さ。その目から放たれていたのは、あまりにも生々しい、むきだしの殺気だった▼韓国・平昌(ピョンチャン)の地ではかつて、そんな目が、そこかしこで不気味に光っていたのだろう。一帯は、朝鮮戦争の激戦地だったという。そして今も、平昌から百キロ離れた軍事境界線をはさんでにらみ合う目は、殺気をはらみ続けている。それでも、冬季五輪に集った選手たちが雪と氷の上で繰り広げるたたかいに、世界中からあつい視線がそそがれれば、少しは冷気もやわらぐだろう▼<韓国語で/目のことをヌンという。/雪のことをヌーンという。/天上の目よ、地上の何を見るために/まぶしげに降ってくるのか…>とうたったのは、詩人の吉野弘さん▼きょう五輪の開会式を迎える平昌では雪が不足しているというが、きっと、まぶしく、やわらかなヌンとヌーンが、会場を包み込んでくれることだろう。