たとえば、地下鉄のストで大混乱が予想される時。あるいは水害の被災地が復興に立ち上がる時。英国では、よくこんな言葉が語られる。「ダンケルク精神を発揮しよう」▼一九四〇年五月、ナチス・ドイツの侵攻で連合軍は仏北部ダンケルクに追い詰められた。絶体絶命の三十数万をどう救うか。英政府の試算では救出しうるのは数万▼そこで力を発揮したのが漁船や遊覧船など民間の船。船乗りたちは自発的にダンケルクに向かい救出作戦に加わった。昨年公開の映画『ダンケルク』やきょう公開される『ウィンストン・チャーチル』が描く第二次大戦の一幕だ▼それは華々しい勝利の場面ではない。負けを最低限に抑え、次に備えるための「撤退戦」である。英国にはワーテルローの戦いなど歴史的戦勝が数々あるが、今でも人々が好んで口にするのが「撤退戦の精神」というところが、おもしろい▼考えてみれば、わが国は撤退戦が苦手だ。第二次大戦は無論のこと、今日においても、国の財政は大赤字で社会は少子高齢化という追い詰められた局面なのに、核燃サイクル事業など巨大事業からの撤退一つすらできぬ▼英首相チャーチルはダンケルクの戦いの一年後、国会で誇らしげに語った。「わが国民はかなりユニークである。状況がいかに悪いか、どこまでひどくなるか喜んで聞きたがるのだ」。さて、わが国民は…。