友人を自宅にかくまっていると玄関に殺人者が現れた。何と答えるか。ただし、うそをつかずに。ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』で、著者のマイケル・サンデル教授が取り上げている問いだ▼うそをつくという行為に極めて厳しい哲学者カントの道徳を語る際のこの問いに、教授は巧みな解答を示している▼<一時間前、ここからちょっと行ったところにあるスーパーで見かけました>などと真実を言うこと。へ理屈にも思える。だが、うそは避けられ、友人を危機から救えるかもしれない▼福田淳一財務事務次官が一昨日の会見で語った言葉もまた実に巧みだ。セクハラの事実を問われ「報道が出ること自体が不徳のいたすところ」。公開された音声については「福田の声に聞こえるという方が多数おられるのは事実だ」。言葉を重ねながら、後で明確にうそだと追及されそうなところはない。さすがエリートというべきか▼ただ、こちらは道徳を貫くための発言とは違う。身内か自身を守るためにみえる。週刊誌の記事について「事実と異なる」としながら、潔白を思わせる言葉がない。逆に不信感が募る▼舞台はほかでもない財務省である。こうして国民の信用を失って増税など痛みを伴うような政策は実行できるのか。真実を語りつつ、危機にさらされた信用も守る。そんなうまい言葉はなさそうにみえる。